ラウダート・シという言葉は、古いイタリアの言葉でアシジの聖フランシスコの祈りである「太陽の賛歌」の冒頭の言葉「Laudato si’, mi Signore(わたしの主よ、あなたはたたえられますように)」に由来しています。アシジの聖フランシスコとフランシスコ教皇様は同じ名前がついていますが別の人です。しかし教皇フランシスコさまもアシジの聖フランシスコと同じように貧しい人のために祈る方でした。この地球は神様からいただいた人類共通の家としてみんなで大切にしましょうと話されています。環境が破壊されてその結果被害が発生するとき、最も被害を受けやすいのは貧しい人たちです。世界のなかで豊かな国とされる先進国の人が、遠いアフリカやアジアへ行って森の木を切って自分の国へおくることが現地の環境破壊を引き起こすのです。回勅「ラウダート・シ」で訴えられていることは自然を大切にしましょうということだけではなく、人間を大切にしましょうということです。環境を守るためにできることは、小さなことを挙げると、例えば食べ物を無駄にしないこと。水や電気を大切にすること。必要がない部屋の照明がつけっぱなしになっていることはないでしょうか。必要以上にモノを買わないこと。冷蔵庫の中にまだ食べ物があるのに買い物に行ってしまうことはないでしょうか。そして身近な人を大切にすることをも含みます。よくあることですが、私たちはしばしば人を無視しています。そのような人や物を粗末に扱うことをやめて、神様がおつくりになった自然界とそこに生きる動物や人間を大切にするようにしましょうというよびかけです。神様から呼びかけられているメッセージですから、私たちの使命であると言えます。
第二朗読では、キリストの生き方を説いています。キリスト者であれば、互いに愛し合うのは義務です。キリスト者はそれが生き方でなければなりません。日本人の私という狭い立場で教会に来てはいけません。ベトナム人の私という狭い立場でもいけません。教会に来る以上キリスト者の立場で来ているのです。パウロが説いているのは「相互の愛」。日本人的感覚でいうなら、「give and take」というとわかりやすいかもしれません。十戒にも「隣人を自分のように愛しなさい」と書いてあります。隣人とは誰のことでしょうか。それは、家族、仕事場の仲間、学校の人、この共同体の人など、あなたを必要とする人はあなたにとっての隣人です。