
◆第一朗読 イザヤの預言 イザヤ55.10-11
◆第二朗読 使徒パウロのローマの教会への手紙 ローマ8.18-23
◆福音朗読 マタイによる福音 マタイ13.1-23
◆ギャリー神父様のお説教

日本では海の日という海の恵みに感謝する日があります。カトリック教会でも7月の第二日曜日を「船員の日」と定めて、海にかかわる人たちのために祈りをささげています。

今日の福音では種が出てきます。イエス様は種をまかれます。ある種は道端に落ちて鳥が食べてしまい、他の種は石だらけのところに落ちてすぐに芽を出したけれども枯れてしまい、他の種はいばらの間に落ちていばらにふさがれてしまった。他の種は良い土地に落ち、実を結んで、百倍、60倍、30倍になった。
種をまくということは、神様の寛大ないつくしみを表しています。種は貴重で、大切なもので、無駄にすることはできないものです。そのたいせつな種を、つまり神様のお恵みを惜しまず、私たちに与えようとされます。私たちが準備できていなくても、私たちが完璧でなくても、あらゆる場所にいる人間のためにお恵みを注いでおられます。私たちは神様がお恵みを注がれていることを忘れないでいること、覚えていることが大事ではないでしょうか。
神様はしばしば海にたとえられます。海は人間の日常生活を支え命のもとになる自然の恵みを与えてくれます。そんな海ですが、船員にとって海の上の生活は時には孤立したものとなり、孤独な環境で働くことを意味するかもしれません。そんな海で働く人の苦労のおかげで私たちの生活が成り立っていることも忘れてはいけないことでしょう。口にするもの、身に着けるもののおよそ9割が海を渡ってやってくることを考えればすべてのものに感謝することが大切です。厳しい環境に出向いて行って仕事をしてくれた人のおかげで私たちは海の恵みをいただくことができます。だから海でとれた魚をいただくときに、感謝することは当然でしょう。しかし、私たちは忙しいとき、その忙しさはまるでたとえ話で出てきたいばらのように私たちを邪魔するかもしれません。つまり、忙しいと、漁師やそれに関係している人々に無関心であったり、感謝を忘れてしまったりするのです。私たちは海で働く人々に思いを馳せ、祈ることも時に必要です。教皇様もホルムズ海峡で足止めされた船舶の乗組員のためにお祈りをされました。私たちは自己中心に陥って、感謝することを忘れてしまうということがないようにしたいです。
今日も神様からは希望を持つようにというメッセージを感じるところです。神様が私たちに豊かに注がれるもの、それはタラントです。いただいたタラントは自分のやり方で豊かにすることが求められています。感謝、おもいやり、祈り、の三つが重要です。感謝することを忘れないで、だれかを思いやる気持ちと余裕をもって、とにかく祈ることです。
私たち一人一人は小さな働きですが、正義と平和が全世界の人にあるように、豊かなお恵みを願ってみんなでお祈りしましょう。
◆トピックス
今日は林裕美子先生によるミサ前の歌の練習会がありました。そのおかげでミサ中の歌声はやはりのびやかできれいでした。先生に感謝。
◆週報より
日本カトリック平和旬間(8月6日から15日まで)
1981年 教皇ヨハネ・パウロ二世は広島で「過去を振り返ることは、将来に対する責任を担うことである。」と述べられました。戦争を振り返り、平和を思うとき、平和は単なる願望ではなく、具体的な行動でなければなりません。
