~日曜日、教会の説教を聞いて心にひびいたこと~

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  • 2026.02.15 わたしが来たのは律法や預言者を・・・・完成するためである

    ◆第一朗読 シラ書 シラ15.15-20

    ◆第二朗読 使徒パウロのコリントの教会への手紙 コリント2.6-10

    ◆第三朗読 マタイによる福音 マタイ5.17-37

    ◆ジョニー神父様のお説教

     今日の福音からどんなメッセージを受け取ることができるでしょうか。第一朗読では、神はいつでも人間の自由を尊重するということが書かれている。

     神は人に罪を犯す許可を与えてはいない。信仰は自由であり、好きなことをしてもよい。しかし悪を避け、善を行わなければならない。そのことを守らないと死に至るが、戒めを守れば神の国に入る。

     そのことを守るのも守らないのも人間、私たち一人一人の自由意思にゆだねられている。ジョニー神父も皆さんに向かって説教をするが、警察官のように皆さんを監視したり取り締まったりはしない。つまり、私たちの行動は、一人一人の自由意思と責任において行われているのです。

     第二朗読では、人間には選択する自由があるということが書かれている。

     第三朗読では、律法に書かれていることがその言葉にとらわれて形だけで守られることよりももっと深い意味で理解され、本当の意味で悪を避けるようにと説いておられる。例えば十戒では、「殺すな」と書いてある。相手の息を止めてしまう、血を流させることをしないことはもちろん重要だが、その前に、相手を憎むことがなければその先に殺そうとすることもないはずである。怒りや憎しみを抱くことがないようにすれば殺人もしないで済む。

     「姦淫するな」と命じられているが、イエスはもっと深い意味でその行為を悪としておられる。行為そのもの以前に、みだらな思いを持って相手を見る、妄想も悪だと言われている。

     文字通り、型通りに規則を守ることだけでは完全ではなく、その規則の意味する精神にも思いいたし、その精神を守るようにと説いておられるのです。

    ◆感想

     規則が規則だからという理由だけで厳密に守られることだけを優先させたら本末転倒である。規則の意図をくみ取り精神を守ることが重要ということでしょうか。

     ジョニー神父様はしばしばご聖体をいただくときの私たちの心の状態が、ご聖体をいただくのにふさわしい状態であるかどうかと問いかけられます。教会に来てごミサにあずかり、ご聖体をいただくというときに、心が荒れていたり、人を許せずかたくななままであることには矛盾があります。そのような矛盾を引き起こさないために、私たちの行いと心が一致しているかを点検することが大事だよということでしょうか。ご聖体をお迎えするときの心の状態にも気を付けたいです。

     律法や規則の言葉にはその言葉が表すより深い意味が内在しています。その深い意味の精神を理解し、行為とその精神が矛盾しないかということを考え、人間の自由意思において行動するようにということが大事だと言われていると思いました。

    ◆トピックス 週報より

     灰の水曜日のミサは2月18日(水)10:00と19:00です。