
◆第一朗読 イザヤの預言 イザヤ5.1-7
◆第二朗読 使徒パウロのフィリピの教会への手紙 フィリピ4.6-9
◆福音朗読 マタイによる福音 マタイ21.33-43
◆ジョニー神父様のお説教
今月のみ言葉はわかりにくいとおもわれるかもしれません。第一朗読でも福音書でも「ぶどう畑 農夫 ぶどう」と農業に関係する言葉が出てきます。情景を豊かにイメージされるかもしれません。日本の農業がさかんな地方、北海道ならこのような農園が簡単にイメージできるかもしれません。姫路でも今が旬でしょうか、いただいて食べたことがありますからぶどう園があるようです。アフリカではブドウは栽培されていません。コンゴではぶどうの木を見たことがないというひとがほとんどです。54の国々でなるアフリカのうち、モロッコなど一部ではぶどうが栽培されています。
農夫やぶどう畑というのはあるものの比喩です。ぶどうという言葉で表されていることは何でしょう。「聖書と典礼」の下の欄には解説がありますからごらんください。「神を農夫に、イスラエルやユダをぶどう畑にたとえた」と書いてあります。神はイスラエルの民を愛されて、一番大事にされた。ぶどう畑のぶどうを丹精込めて世話をしたら、最高においしいぶどうができると期待したでしょう。ところが出来上がったものは酸っぱくてとても食べられないものだったので、神さまはがっかりして怒られた。そしてぶどう畑を壊してしまいます。このぶどうとはイスラエルの民が繰り返してきた悪と罪のことです。イスラエルの民は何度も罪をおかし、島流しの身になっていました。これで話が終わると昔ばなしで終わってしまいます。しかし、これは昔ばなしではなく、現代、今日、私たちに対して送られているメッセージなのです。姫路教会の信徒一人一人が神のぶどう畑にたとえられているのです。私たちひとりひとりが、神様のみこころに沿った生き方をして、善い行いをすることが良い実を実らせることになるのです。
第二朗読では信仰と愛の業をおこなうことがすすめられています。方法は二つ。一つ目は、信仰の実を実らせるために祈りの中から神様のめぐみをいただくこと。祈りの頂点はミサですが、この頂点であるミサに一足飛ばしに到達して、そこで口先だけで祈りを唱えて終わってしまうことはないでしょうか。ミサは頂点ですが、頂点に至るまでには段階があるはずです。祈りはいろいろありますが、プロジェクターに書かれた文字を読むだけではいのりになりません。祈りを自分の言葉として口で唱えるように努力する必要があります。どんな祈りをしたらよいかと思われるでしょうか。その場合、まずは感謝の祈りです。私たち信者は自分の信仰の命を祈りの中からいただいています。自分の命は自分のものではありません。神様がはたらいてくださって私たちに与えられたものです。神様に感謝しましょう。先日、ドバイからイスラエルに向かう飛行機が大変なトラブルの発生により危うく墜落の危機にあった。しかし、乗客は全員無事に着陸することができたというニュースがありました。もしもジョニー神父がこの飛行機に乗っていて、無事に着陸するという体験をしたならばミサを何回も何回も立てます。神様に感謝するからです。
どのように祈ったらよいのかについて、まず感謝ですが、その次は神様に自分にとって必要なことお願いごとをしてもいいです。例えば、自分の子どもが結婚をのぞんでいるので良い人と巡り合えますようにとか、自分のこともが大事な試験を受けますから無事に良い道が示されますようにとか。求めているものを言葉にして、それを神様にお願いすることができます。
ロザリオの祈りのことはご存じでしょうか。わたしもいつも肌身はなさず持っています。2008年大阪では一万円もする高価なロザリオが売られていてまるでファッションのようになっているのを見たことがあります。ロザリオはファッションや飾りではなくて、お祈りの道具です。カトリック教会では5月と10月はロザリオの月と定められています。今日は10月ですから、ミサの前にロザリオの祈りをささげる集いがあったと思います。10人参加したということですが、自ら祈りたい人たちが集まって祈りをささげることはよいことです。祈りは自発的なものであれば負担になりません。逆に強制されると残念ながら祈らなくなるでしょう。この夏、7月に仁豊野で子供たちのキャンプがありました。そのときに素晴らしかったことは、ロザリオの祈りが行われて、先唱を子供たちが唱えたことでした。司祭が割り当てられてするのではなく、こどもたちがおこなった。こどもたち、素晴らしいです。子どもたちは大人たちを見て、大人たちから学んでいます。私たち大人がこの子供たちに示せる態度はどのようなものがふさわしいでしょうか。聖堂に集まってミサを待つ間、沈黙のうちに祈りをささげる姿はふさわしいでしょう。しかし、聖堂でおしゃべりに夢中になってしまうことはふさわしいでしょうか。一度自分の行いをチェックしましょう。祈りは祈れば祈るほど上手に唱えられるようになります。アヴェ・マリアの祈りも3回改変されたので戸惑う人や外国籍の人にとって日本語で唱えることが難しい場合もあるでしょう。何度も祈れば大丈夫になります。
信仰と愛の業を行う方法の二つ目はパウロが模範を示しています。私たちキリスト者にとっての模範はイエスキリストです。イエスの示された神秘を思い起こしながら自分の行いをチェックしましょう。
福音朗読では、農夫たちは神様からブドウ畑をかりたとされている。しもべとは預言者のことです。神様は何人も預言者を遣わされた。それなのに農夫たちはしもべを殺してしまった。最後に神様は一人息子を遣わされたが、農夫たちはその一人息子さえも殺してしまった。
私たちはある意味、ブドウ畑を借りている農夫です。私たちのためにつかわされた司教、司祭、評議会メンバー、リーダーたちを私たちはどう扱っているでしょうか。神様の期待をできる限り裏切ることがないようにしましょう。

◆トピックス
今日は第一日曜日なので、子供ミサでした。
第一朗読:中学生女子 第二朗読:中学生男子 答唱詩編:小学生女子2人 共同祈願:中学生男子、小学生男子2名 侍者:男子中学生1名
子どもたちの頑張りのおかげか、フロアからの歌声もよく響きとてもきれいなごミサでした。神父様もとてもきれいな歌でしたと感想を述べられていました。

◆感想
今日は午後から酒井俊弘補佐司教様の司式による堅信式。姫路教会からは9名が堅信の秘跡に与ります。信仰を新たに強めた彼らの生きる道に確かな支えがあることを感謝します。これからも豊かにお恵みが注がれますように。おめでとうございます。
