
◆第一朗読 イザヤの預言 イザヤ45.1,4-6
◆使徒パウロのテサロニケの教会への手紙 テサロニケ1.1-5
◆マタイによる福音 マタイ22.15-21
◆ギャリー神父様のお説教
今日の福音ではファリサイ派の人々がイエスを困らせよう、罠に陥れようというたくらみをもってイエスに質問しますが、イエスが見事にお答えになるという場面です。これは第一朗読と連なっていて、第一朗読では「わたしが主、ほかにはいない。わたしをおいて神はない。」「わたしが主、ほかにはいない」とすべてが神からくるものであり神の計画の中にあることが書かれています。神さまは私たち人間が神様を信じて、神様のことを一番に思うことを大事に思っておられます。神様は私たちを大切にして愛してくださる方であり、イエスの見事な答えは、神様がどういう方かということをよく表していると思います。
私たちは問題が起こったときに、正しいか正しくないかとう見方をして答えは一つしかないと決めつけてしまいがちです。だから自分を追い詰めてしまったり、相手を攻撃して争うことになります。

今日の福音でイエスの姿を学ぶと私たちがどのうような生き方をすればよいのかがわかるでしょう。イエスの示された正義は、信仰の喜びをもって純粋に生きることです。「あなたがたはどんなときも信仰、希望、愛をあたらしくみつけていくのですよ」ということがイエスのおしえてくださった道なのです。

たとえ、相手が自分を罠にかけておとしいれようとするときでも、相手に対して希望と愛をもってこたえ、神様を信頼しましょう。私たちは自分の力だけで対処しようとして、落ち込んでしまうことがあります。何か問題があるからと言って落ち込む必要はないのです。私たちが一人で悩んだり落ち込んだりしないためにこの共同体があります。共同体につながり、一緒に集まり、ともに神に感謝の祈りをささげ、解決を神に求め願うのです。一週間の始まりにも終わりにも、こうして祈りをささげることで私たち一人一人がその人の中に抱える問題も解決します。今朝もミサの前に集まった人たちがロザリオの祈りを唱えていました。祈りの中身は祈る人それぞれのものですが、それでもみんなが集まって祈ることに大きな意味があり、集まって祈るところに大きなめぐみが注がれ、大きな力になるのです。
信仰、希望、愛が私たちに与えられた道です。今日の恵みに感謝しましょう。私たちは神様から大切なものをいただいて、今日ここにいます。私たちが神様からいただいた恵みを思い起こしましょう。そして、私たちは神様第一です。一番大切な神様を心の中で大切にしましょう。

◆感想
信仰、希望、愛。私たちキリスト者が生きる道はそれでいいのだと勇気づけられるみことばでした。現代を生きるなかで、何が基準なのかグラグラしてしまうことがあります。経済的判断でもない、政治的判断でもない、空気を読むのでもなく、神さま第一主義で考えると道を外れないということですね。判断に迷うとき、神様のおしえを道しるべに針路をとればいいのだよと考えると悩み方もシンプルになります。