
◆第一朗読 使徒たちの宣教 使徒言行録10.34,37-43
◆第二朗読 使徒パウロのコリントの教会への手紙 1コリント5.6-8
◆第三朗読 ヨハネによる福音 ヨハネ20.1-9
◆ジョニー神父様のお説教
ご復活おめでとうございます。毎日のどの調子がすぐれなかったですが、待っていられないので今日はもう復活させましょう。
イエスのご復活は今でもミステリーです。本当に死んだイエスが生き返ったのか?そんなことが可能か?信じられなくて、誰もが自分の目でその瞬間をみたいと思うのではないでしょうか。イエスの時代には現代の防犯カメラのようなものはなかったので、イエスが亡くなられたときの時刻や衣装などは誰も見たことがない。現代社会では自分の目で見たものしか信じられないかもしれないが、昔は昔話のように耳から聞かされていた。ただ、イエスは復活し、その姿を弟子たちや一部の人にあらわし、彼らと一緒に食べたり飲んだりされた。現代の私たちがそのことを見る方法はない。ただ信じるしかない。それは信仰の問題です。その信仰がなければ、ミサの意味は理解できないでしょう。復活を頭で理解いようとしないでください。ペトロは信仰の神秘といっている。信じて、信仰を強めていくことでわかるようになります。ミサはイエスの受難と死と復活を記念しているので信仰がないとミサの意味が分からない。
第二朗読では、洗礼を受けた人に向けられたメッセージが書かれている。洗礼によって古い自分が死ぬが、イエスと共に復活するから新しい自分になる。だから自分は今までの自分ではない。昨日洗礼式が行われたが、洗礼を受けた人だけでなく、それをみて私たちも新しくされたので、私たちにも同じメッセージが向けられている。
ヨハネによる福音では、死んだイエスが墓からいなくなっている場面が書かれている。普通、自然にはありえない。だからまず信じなければならない。福音書にも「もう一人の弟子も入って来て、見て、信じた。」と書いてある。この言葉はとても重要です。信仰はスマートフォンのバッテリーのようなもので、たびたび充電しないと少なくなってなくなってしまう。みなさんも自分自身の信仰が減ってしまわないように注意しながら毎年洗礼式に立ち会ったり、毎週日曜日ミサに与って信仰というエネルギーを充電しましょう。

◆トピックス
ミサの後で昨日洗礼を受けたお二人の紹介が改めてあり、証明書が授与されました。ジョニー神父様は、私たち先輩信徒たちにはこの新しい仲間を守り励ましていく責任があると諭されました。新しい仲間に挨拶すること、温かい励ましの声掛けをすることで仲良くなり、守り、育てることができる。日本の信徒たちはただこれだけのことができないことが多い。日本の教会から司祭や修道者が誕生しない原因は信者同士の関係が冷たいことや一部の代表者や司祭に負担が集中してしまい司祭が楽しそうに仕事をしていないことだと思う。楽しそうに仕事をしない司祭を見て、だれもやりたくないと思うようになっている。それは本来の目指している姿ではない。フェイスブックを通して知ることに、外国の司祭で生き生きと喜びにあふれた仕事ぶりをしている人がたくさんいる。信者同士の関係が希薄だと教会は死んでしまいます。姫路教会がこれからも生きた教会であるように皆さん一人一人の心がけをお願いします。

ミサの後、もちよりパーティがありました。
幼児から中学生の総勢40人の子どもたちは淳心会修道院のお庭でエッグ探しをたのしみ、お菓子が配られました。

◆感想
昨日に続き、ジョニー神父様の厳しいお言葉でした。ジョニー神父様から見ると、姫路教会の信徒はどれだけ冷たいと映っているのか気がかりです。昨日の説教では、教会共同体は霊的家族と表現されました。だから家族みたいに温かい関係を築くことや自分の居場所と感じてもらうくらいの居心地の良さを感じることが求められているレベルなのだと思いました。まだまだ足りないのだなと反省するともに、もっともっと頑張ろうと思いました。Happy Easterと信徒同士言葉を交わすなかに温かい心の交流を感じました。この感覚をもっと多くの人と分かち合えるようになればいいと思いました。
昨日の嵐からは一転、お花見日和となりました。姫路教会の目の前に姫路城があり、周辺には大勢の花見客がみえました。春の陽気と道行く人々の笑顔をみて、平和と幸せを感じました。

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