
◆第一朗読 出エジプト記 出エジプト12.1-8,11-14
◆第二朗読 使徒パウロのコリントの教会への手紙 1コリント11.23-26
◆第三朗読 ヨハネによる福音 ヨハネ13.1-15
◆ジョニー神父様のお説教
今日は風邪をひいてしまい声が出ません。あらかじめ紙に書いておいたので、ベトナム語、英語、日本語でそれぞれの代表の方に代読してもらいます。
英語、ベトナム語、日本語の説教が代表者によって代読される。
聖木曜日のミサではキリストが聖体を制定し、自らの記念としてこれを行うように命じた最後の晩餐を記念しています。パンを分け合うことを通してキリストとの一致を味わい、ミサが一致の秘跡であることが示されるのです。
キリストは私たちに互いに愛し合うことを説くために、弟子たちの足を洗われた。主であり師であるキリストが弟子たちの足を洗ったのだから弟子たちも互いに足を洗い合わなければならないと言い、兄弟愛の模範を示されました。
互いに愛し合うという兄弟愛は、主の生き方そのもので、私たちの模範となるものです。私たちは日々の生活の中でこのことを実践するように招かれているのです。
そしてミサの中でパンはご聖体、イエスそのものです。イエスはご自身をご聖体として私たちに与えつづけ、私たちのうちにとどまっておられるのです。今日はこのことを黙想して、イエスが私たちと共におられるということを味わいましょう。
わたしたちはこの神の愛に信仰をもって報いていくことが求められていると思います。皆さんはいつも忙しい。そんな忙しい中今夜はミサに与り、お疲れであり、早く帰りたいでしょうが、しばらく時間を取って聖体のそばでしばらくキリストの受難と死を黙想しましょう。キリストは私たちのために死んでくださったのですから。

◆洗足式
お説教代読の後、あらかじめ決められた12人の信徒が祭壇前に並んで座り、一人一人ジョニー神父様に足を洗ってもらいました。
この12人は老若男女の国籍もバラエティに富んだ方々が並んで座っておられました。小学生の男子2名もわくわくした表情で洗足式に臨み、実際に足を洗ってもらい嬉しそうでした。
◆聖体安置式
聖体拝領の後、聖体を聖堂後方の安置所に移し祭壇上からはすべてのものが取り除かれました。安置された聖体の前で皆がしばらく祈りを捧げました。
◆感想
洗足式で神父様に足を洗ってもらうというのはどのような体験なのか興味津々です。小学生の男の子2人はとても嬉しそうでした。1人の子のおかあさんはミサの後で、「足を洗われているわが子を見て涙がでた、仕事が大変だからとか悲しいとかではないのに、自然に涙があふれた。聖霊のはたらきで霊に満たされたのだと思う。」と感想を述べておられました。子供のほうも、「弟子のひとりになったよ」と素直に喜んでいました。その感想を聞いて私もうれしい気持ちでいっぱいになりました。例年はせいぜい3人程度が足を洗ってもらうのに比べ、今年は12人と人数も多かったです。ぜひ一人一人に感想を聞いてみたかったです。
互いに愛し合うことを命じられた私たちですが、この洗足式を見て、神様の言われる愛し合うということの意味をつかみやすくなった気がしました。互いに愛し合いなさいということは、互いに足を洗い合いなさいということですなのですね。