
◆第一朗読 使徒たちの宣教 使徒言行録8.5-8,14-17
◆第二朗読 使徒ペトロの手紙 ペトロ3.15-18
◆第三朗読 ヨハネによる福音 ヨハネ14.15-21
◆ジョニー神父様の説教
今日のミサに与って、皆様はどんなメッセージを持ち帰られるでしょうか。今日はまだまだ復活節です。この時期に朗読されるのが使徒言行録です。使徒言行録には教会の誕生、成長、発展の物語が書かれています。
今日の話はサマリアでの話です。サマリアはエルサレムからは離れていて、現在のパレスチナのあたりになります。現代のカトリックの総本山はバチカンですが、当時はエルサレムがバチカンに相当する場所でした。サマリアの町でフィリポはしるしを行って人々に洗礼を授けていたが、その教会の発展ぶりがうわさになり遠くエルサレムからペトロとヨハネが見に行きました。そしてそこでペトロとヨハネはまだ洗礼を受けただけの人々に聖霊のたまものを受けるようにと按手(あんしゅ)しました。これは現代の堅信式で司教様が受堅者に按手をされることと同じで、聖霊のたまものを受けるようにというものです。ペトロは初代教皇となられた方です。聖霊は目には見えません。しかし、信仰があれば聖霊の働きを感じることができます。按手によって聖霊の恵みを受け、聖霊の働きを妨げないように注意して神様の教えに従ってまいりましょう。
第二朗読では、信者の取るべき態度と行いについて書いてあります。そもそもミサとはいったい何でしょうか?なぜ信者は日曜日にはごミサに与らなくてはいけないのでしょうか?なぜミサの中では聖書が朗読されるのでしょうか?カトリックとプロテスタントの違いは何でしょうか?などなど、まだ信者になっていない人たちから信者に向けられる質問はたくさんあるのです。未信者の方たちからこのような質問をされたときに、皆様は丁寧にやさしく答えて差し上げることができるでしょうか。ペトロは質問を受けたときにカトリック信者が説明できるように準備しておきましょうと言っています。現代社会では何事もスマホの中で解決してしまうことができます。しかし、皆様は自分の口で主の祈りを唱えることができるでしょうか?アベマリアの祈り、ロザリオの祈りを自分の口で唱えられるでしょうか?なんでもスマホ任せにするのではなく、神様に向かって信者が心を込めてささげること、行うべきことは頑張りましょう。
信者の取るべき態度で一番大切なことは、

信仰を育てるために努力することです。信仰は目を閉じたままでは育ちません。耳から聞いたみ言葉や教えを頭に入れて、考えて、脳みそを働かせて考えることで育つものです。
二番目に大切なことは、

善を行うことです。今日の使徒ペトロの手紙には「神の御心によるのであれば、善を行って苦しむほうが、悪を行って苦しむよりはよい。」と書いてあります。これは神様から与えられたchallenge(試練)ですから逃げてはいけないのです。
ヨハネによる福音では、イエスが弟子たちに自分の掟について話されている。これはイエスが十字架にこれからかけられるその直前に弟子たちに話されたのでイエスの最後のメッセージともいえる。イエスが言われる「わたしの掟」とは何のことでしょうか?それは「互いに愛し合うこと」です。イエスは人々に聖霊を与えることを約束され、その約束はイエスの復活後に実現しました。イエスが私たちを愛されたので私たちも愛し合わなければなりません。私たちにとって一番身近なところは家庭です。家庭に愛がなければ愛し合うことは難しいでしょう。そして皆様の場合は、この姫路教会が観光地にあることも忘れないでください。日本の遠くから来るお客様や外国からの観光客に対しても愛を示すことは必要なことでしょう。
◆トピックス
今日は母の日。先週子供の祝福の時にジョニー神父様から子供たちに母の日には母への手紙を持ってくるようにとお願いがありました。今日は約束どおり神父様の呼びかけに答えて約10名の子供たちが祭壇前に集まり、神父様に励まされながらそれぞれのお母さんへのメッセージを発表してくれました。
「おかあさん いつもおいしいご飯を作ってくれてありがとう」
「おかあさん いつも洗濯してくれてありがとう」
「おかあさん 大好きだよ」
「おかあさんは怒ると怖いけど、優しいところもあると思うよ」
など、子どもたちから素直なメッセージが披露されました。子供たちの母親と聖堂内のすべての母親が神父様に聖水で祝福していただきました。
今日は男子中学生1名と女子小学生1名の合計2名の侍者練習生による奉仕でした。熟練侍者の先輩たちの存在は大きく、あいにく不在で不安だったと思います。そんな中、エルベ神学生と一緒に奉仕してくれました。
◆週報より
予定していた24日のミサ前の歌の練習は都合により中止となりました。次回は6月28日に実施予定です。
◆感想
母の日に母を思うことは尊いことだと感じました。メッセージを披露してくれた子供たちのお母さんを思う気持ちはどんな高額なプレゼントよりも美しいと思います。私も母の日の祝福をいただきながら心のなかで母を思い、母の愛を感じ、母のために祈りをささげることができて良かったです。神に感謝。
